勅使「部長、お聞きしてよろしいですか?」
日野「なんだ」
勅使「じっさいのところ部長は、お姉上のひろみさんに勝ったことがあるのですか?」
日野「……うっ」
勅使「市民大会でも、合宿でも……」
日野「……ぬぬ」
勅使「駅前パフォーマンスのときも鈴里のほうが評判よかったですよね」
日野「う、うるさいっ。中学まではぜんぜん私が勝っていたさ!」
勅使「どんな実績があったのか教えてください」
日野「急に教えることはできないが……ともかく昔は、技のよしみに力のひろみと呼ばれていた」
勅使「それじゃあ判断できないな……ぼくは実力のない人の下につくのはヤですからね」
日野「無礼者が! ならば訊くがな、おまえは書道はじめて何年だ?」
勅使「ぼくは小学校にあがってからですから……9年……ぼちぼち10年ですね」
日野「ははは。10年の経験あるヤツが、3か月のヤツと接戦をくりひろげるとは笑止!」
勅使「くっ……」
日野「本当の才能とは、あの鈴里の1年坊に宿っているものみたいのを云うんじゃないか?」
勅使「痛いところを……」
日野「わたしこそ、才能のない部下なんてお断りだからな、足手まといめ!」
勅使「でしたら云わせてもらいますけどね、部長!」
日野「おう、云ってみろ!」
副部長以下ほかの部員たち。
(まーた、やってるよ)
(ケンカ?)
(いや、あーやって互いをなぐさめあってるらしい)
(ふたりともドSに見えて、じつはドMだからねー)
ほのぼのとめはね……
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ミーンミンミーン……
加茂「おはよー……って、なにこのクソ暑い部室!?」
三輪「おはよう、加茂ちゃん。全館クーラー調整中だってさ」
加茂「マジっすか。どうせ遅刻なんだから、ウチで寝てればよかった……」
日野「だめよ、書道甲子園のしめきりも近いし」
望月「そうですよ。がんばってみんなで中国へいきましょう!」
加茂「がんばるって一番キライな言葉なんだよ……。あれ、今日の一年坊は望月だけか?」
望月「大江くんは法事でお休みです。おじいちゃんの墓参りとか」
加茂「ああ、そう。なんかあいつがいないと調子狂うな」
三輪「そうね。久しぶりに女だけの書道部よね」
望月「なんか新鮮ですね!」
加茂「そうかそうか。女だけか……ではこんな恰好でも大丈夫だな!」
日野「わっ、加茂ちゃん! またそんなハシタない姿に……」
加茂「だって暑いじゃーん。部活終わったらプールで泳ごうと思ってさ。ちょうどいいや」
三輪「わたしもキャミに着替えよう」
望月「じゃあ、わたしも柔道用のTシャツになります」
日野「うう……みんなが脱ぐなら、わたしもタンクトップに……」
加茂「ああ開放感……」
日野「なんだかんだいって、大江くんがいると気をつかってたのね、わたしたち」
三輪「あんなでも男のハシクレだからねー」
加茂「望月、気をつけろよ、たまにあいつヘンな目でおまえを見つめてるぞ〜」
望月「やめてくださいよ」
日野「まあ、かわいい弟ってカンジよね」
加茂「それにしても暑いな……ゆかりがいればアイスを買いにいかせてるのに」
望月「じぶんが行ってきましょうか?」
加茂「いや、いいんだいいんだ。こういうのは男に行かせるから味があるのだ」
三輪「怖いわよね、女って」
全員「あははのはー」
大江(ん……。なんでこんな真夏日に寒気がするんだ? おじいちゃんお守りください……)
ほのぼのとめはね……
影山「どうだ、調子は〜?」
大江「……」
影山「む、無視……まあ集中してる証拠と思おう……」
望月「あー! また失敗した!!」
影山「またか、望月、4本もムダにして」
望月「あははー。先生、新しい石をください」
影山「タダじゃないんだからな、もっと慎重に掘れよ」
望月「そっちのキレイな石はなんですか」
影山「ダメだこれは! 高いんだぞ。初心者には沈陽凍石で十分だ」
望月「先生、月という字がキレイにできません。ぐにゃっと曲がってムツカしい……」
影山「そうだな。望月のなまえには月がふたつもあるから大変だな」
望月「コツをおしえてください!」
影山「カラダをつかえ、カラダを」
望月「またそれですか。あーあ、大江くんは字面がシンプルでいいな」
影山「そのわりには時間がかかってるな……って、うわー、なんだそれ大江!」
大江「あ……これですか。ハハハ。上半分に中国のお城を掘ってみました」
望月「ちょっ、すごい器用ね。それにしてもお城マニア?」
影山「これは初心者とか、そういう域を超えてるな……」
大江「はは……。そんな誉められると後頭部がかゆくなります」
影山(もとは500円の石だけど、ヤフオクで5千円で売ってもおかしくない。……よし閃いた!)
大江「な、なんですか? 先生、その大量の石をどうしろと……」
影山「大江、おまえに学校公認でアルバイトをさせてやるぞ。1本千円で手を打とう」
大江「うわっ、ほんとですか! やりますやります」
影山(うは。こどもだな。チョロいもんだぜ)
望月「あ、いいなー。あたしも手伝っていいですか?」
影山「おまえはさわるな!!」
ほのぼのとめはね……
加茂「えーと、二段階右折は、と」
三輪「速度40キロのとき制動距離は……ぶつぶつ」
大江「あれ、先輩がた、勉強ですか? 学校の教科書とちがいますね」
加茂「おう、ゆかり。おまえも一緒に試験を受けにいくか? 原付免許」
大江「残念ながらぼくまだ15歳なんで。バイクですか、いいなー」
三輪「バイトでお金たまったら、かわいいの買おうと思っててね」
大江「なに買う予定なんですか」
三輪「vino。オレンジの」
加茂「わたしはリトルカブ」
大江「リトルってガラですか? 配達用のスーパーカブのほうが似合いそうな」
加茂「ひき殺されてーか?」
大江「え、えーと……。あっ! 部長さんとは一緒に試験にいかないんですか?」
三輪「あー、あの子はね自転車すら乗れないから」
大江(も、萌え〜)
加茂「でも一輪車には乗れるんだよな。これがまた見事な腕前で」
三輪「小さい時、よしみと一緒に「一輪車に乗りながら習字する天才姉妹!」ってテレビ出てた」
大江「それはまた……いろんな意味でレアですね」
望月「ちゃーす! 先輩たち、なんの話ですか」
加茂「おう、望月。おまえはバイク乗る気ないのか?」
望月「バイクならいつも乗ってますよ。きょうも乗ってきました」
加茂「あれは足で漕ぐヤツだろう。ママチャリの話してんじゃないんだから」
望月「ママチャリといっしょにしないでください。あれ100万もするんですから」
加茂「まじ!?」
望月「全日本の賞金とか、テレビの出演料で買っちゃいました。あははー」
大江(そんなスゴいものをよくカギもかけずに駅前に放置してるよな……)
三輪「うちらが話しているのは自動二輪なのよ。望月さん16でしょ。免許とらないの?」
望月「あー、エンジンつきのバイクは危ないって、全日本柔道の理事会から禁止されちゃってて」
三輪「さすが国民的アスリートはあつかいが違うわね」
望月「でもいいンです! 将来は自衛隊に就職して、そこで大特とかもらえますから! あはは」
大江「せ、戦闘民族……」
ほのぼのとめはね……
加茂「くそっ……くそっ……」
大江「おっと。加茂先輩が毒づきながら歩いている。遠回りして帰ろう……」
加茂「おっ、ゆかりじゃねーか。ちっと来い」
大江「ああ、災難の予感……はい、なんでしょうか、先輩」
加茂「おまえ、いまから神奈川運転免許試験場にもぐりこんで受験料とりかえしてこい」
大江「不二子ちゃんみたいな無理をいわないでください! ……落ちたんですか」
加茂「わたしのリトルカブちゃんが逃げてった……」
大江「いっしょに受けた三輪先輩は?」
加茂「ふん、あいつは要領いいからよ。藤沢まで帰ってきたら、その足でバイク屋直行だよ」
大江「よかったですね」
加茂「よかねーよ! 知ってるか、二人で試験いって、一人しか受からなかったときの悲劇を?」
大江「なんですかそれ」
加茂「受かったほうはよ、写真撮影だ実技講習だで、そのあと二時間ぐらい拘束されるんだ」
大江「はあ」
加茂「で、落ちたほうはよ、それが終わるのを廊下で無為にジーっと待ってなきゃいけねぇんだ!」
大江「はははー!」
加茂「笑い事じゃないっての。黙ってひとりで帰るわけにもいかねーしよ」
大江「やさしいですね、いいヒトすぎますよ先輩」
加茂「おまえ適当にヒトのこと持ちあげて、さっさとこの場を切りあげようとしてないか?」
大江(するどい……その直感力をなぜ試験にいかせないのだろう?)
加茂「まあ、いいや。ゆかり、おまえ明日から教習所に入学な」
大江「はあ!?」
加茂「もう自力でバイクに乗るのはあきらめた。おまえのうしろに乗ることにする」
大江「やっぱり災難だったか……」
加茂「入学料とバイクの頭金だけは出してやる。あとは自分で払えな。自分の免許なんだから」
大江「でもぼくまだ15歳ですし」
加茂「いまから通えば16の誕生日にピッタリだろ。バイク乗りはモテるぞ〜」
大江(たしかに望月さんをタンデムに乗せるのも悪くないな……)「やります! やります!」
加茂「よっしゃ、その意気だ! 最短二週間コースで目指せ、合格!」
大江「おおー!!」
免許取得後1年たたないと二人乗りできないことを、彼らは知らない……
ほのぼのとめはね……
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