麻衣「よしっ、ソバ屋のバイトはこれでおしまい。つぎは英語の時間だよ、大江くん」
大江「あ、うん……」
麻衣「うえで待ってるから。着替えたら来てね」
親父「ふたりとも英語だからって、GとIのあいだの勉強をしちゃダメだぞ、がはは」
麻衣「……お父さん」
大江「うわっはっはっは! 店長さんナイス・アメリカンジョーク!」
麻衣「……大江くん」
大江「麻衣ちゃん、入るよ〜」
麻衣「ギャー! 着替えてるんだから、ノックしてから開けてよう!」
大江「あ、あ、ごめん……」
麻衣「もう危ないなー、あと五秒早かったら生下着を見られてたとこよ」
大江(加茂センパイのほうがボリュームあるな……)
麻衣「さあさあ座って。きょうは昨日のつづきで、チャプター2の和訳をお願い」
大江「うん……」
麻衣「あたしはドラマの再放送を観てるからさっ。ドクターコトーって最高よね」
大江「コトー先生か。原作のマンガもおもしろいよね」
麻衣「ええ〜、ヤングサンデーだっけ? あんなエロ本みたいな表紙の雑誌、読めないよ!」
大江「なんてことを……」
麻衣「うう〜……ぐすぐすっ」
大江「麻衣ちゃん、ティッシュ使う?」
麻衣「アリガト……コトー先生と星野さん、かわいそう、涙がとまんない……」
親父「ふたりとも頑張ってるか〜? ジュースのさしいれだぞ……」
大江「あ、すいません……」
親父「……」
大江「?」
親父「オイなんで麻衣は泣いてるんだ? そのティッシュはなんだ! きさま娘になにした!?」
大江「お父さん誤解です!」
親父「だから父さんと呼ぶなと云ってるだろうが!」
ほのぼのとめはね……
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麻衣「あと何ページ?」
大江「3ページ……」
麻衣「カナダに10年も住んでたんなら、こんな高1レベルの英語なんて楽勝じゃね?」
大江「そうでもないよ。日本の学校英語ってヘンにクラシックだから」
麻衣「ふーん……。あーあ、退屈だなあ」
大江(じゃあ自分で宿題やればいいのに……)
麻衣「あと何ページ?」
大江「2ページ」
麻衣「じろじろ」
大江「な、なにさ? ひとの顔をまじまじと」
麻衣「いや、もし寝起きじゃなかったら、どんな顔しているのかなーっと」
大江「……このまぶたは、べつに寝起きというワケではございません」
麻衣「アハハー。冗談冗談。ねえ、彼女いるの?」
大江「(話がぽんぽん飛ぶなぁ)……いないよ」
麻衣「そうだよね。恋人いたらお盆にバイトなんてしてないよね。私と同じだ〜」
大江「えっ、麻衣ちゃんも?」
麻衣「こんなかわいい女を放っておくなんて、男どもってバカじゃね?」
大江「え……よくわかんないけど……」
麻衣「おーい! いまのツッコミどころ! マトモに返されたらコッチが照れるじゃん」
大江「あ、あ、ごめん……」
麻衣「オモロすぎ大江くん。それにしてもアレだ、わたしはもっと大江くんに近づきたいよ」
大江「えーっ!?」
(……望月さん! ボクはいったいどうすれば!)
麻衣「ヤダ誤解しないで。書道の話だから。ホラ、合宿のとき、わたし最下位だったでしょ」
大江「ああ、そっちね……びっくりした」
麻衣「あと何ページ?」
大江「2ページ……」
麻衣「ぜんぜん進んでないじゃん!」
大江「だって……ごめん」
ほのぼのとめはね……
麻衣「あと何ページ?」
大江「1ページ……」
麻衣「さっきの話のつづきだけどさぁ」
大江(どの話?)
麻衣「彼女がいないっていうのはわかるけど、好きな人はどうなの? いるの?」
大江「うう……またしてもペンがとまらざるをえない話題だなぁ」
麻衣「待って! 当ててみせる! じゃじゃーん……ズバリ望月さん、でしょ?」
大江「ちょっ! なっ、なにそれ、なんで……マジでやめてよ!」
麻衣「あらら、当てずっぽうだったのに、これほど分かりやすい反応をするとは」
大江「……もう英語の宿題やめたっ! 帰る!」
麻衣「いいよ、あと1ページぐらい自分でできるから」
大江(ガーン! 脅しの効果まったくゼロ……)
麻衣「まあねえ……大江くんの気持ちはわかるわ。あれだけ可愛くて、柔道も強けりゃねぇ」
大江「……」
麻衣「大江くんが望月さん派と知って、麻衣的にはちょっとショックかな〜」
大江「え?……」
麻衣「大江くん、手を握っていいかな?……」
大江「えっ、えっ……??」
麻衣の手は小さくてやわらかかった。小指など仮名筆の穂先のようだった。
大江「(どきん! どきん!)ま、麻衣ちゃん……」
麻衣「どう?」
大江「どうって……」
麻衣「痛い?」
大江「痛くなんかないけど……」
麻衣「ちぇ、まだダメか」
大江「ダメってなにが?」
麻衣「合宿のとき、望月さんにギューッてされた手がいまだに痛くてさぁ。
今度会ったときに復讐してやろうと握力をきたえてるんだけど、全然ダメじゃね?」
ほのぼのとめはね……
大江「ボ、ぼくのプライバシーばっかり詮索するけどさ、そっちこそどうなのさ!」
麻衣「なにが?」
大江「麻衣ちゃんこそ好きな人がいるならば、は、白状しろよなっ!」
麻衣「いるよー、勅使河原くん!」
大江「……ううっ、そんなアッサリと」
麻衣「鵠沼の書道部って半分は勅使河原ファンだよ。わたしもカレ目的で急きょ入部したんだもん」
大江「そうなんだ。まあ、あるていど予想はつくとはいえ……」
麻衣「なに肩をずどーんと落としているの?」
大江「いや……やっぱり男は顔なのかなあと思って」
麻衣「ま、若いうちは顔でしょ。もうちょっと歳とったら経済力とか考えるけどさ」
大江「シビアなご意見」
麻衣「なによぅ。大江くんだって望月さんのかわいさに惚れたんでしょうに」
大江「う〜ん。というか、日本に帰ってきて初めて話しかけてくれた女の子が彼女だったから……」
麻衣「カモの刷り込みかよ……」
大江「か、加茂? 違うよ、望月さんだってば」
麻衣「だからそう云ってるじゃん。まあとにかく、これで我々二人の共通項が明らかになったわね」
大江「共通項?」
麻衣「二人とも面食いで、片思いで、書道にかこつけて異性の尻を追いかけている、と」
大江「それはちょっと語弊があるのでは……」
麻衣「だからねえ、これからは共同戦線でいくべきなのよ!」
大江「共同戦線?」
麻衣「たがいの恋を応援しあい、協力を惜しまず、共通の敵と戦っていくのよ! オーケー墨汁?」
大江「はあ……」
麻衣「眠そうな目で答えないで! ところで英語おわった?」
大江「いちおうなんとか……」
麻衣「じゃあ、お店、5時から夜の部がはじまるからヨロシクね」
大江「え? 昼だけの契約のはずでは……」
麻衣「友達と遊びいく約束しちゃったの。あたしのかわりにホールできるの
大江くんしかいないからさあ。協力は惜しまないってさっき誓ったよね?」
大江「……」
ほのぼのとめはね……
大江「ありがとうございました〜……」
麻衣「お父さん、さいごのお客さん帰ったよ」
店主「おう、おつかれ! とくに大江くんは夜の部まで働いてくれてアリガトな」
大江「いえ。働くのは楽しいです」
麻衣「大江くんのおかげで、麻衣もラクだったよ!」
大江「そう? はは……。でも麻衣ちゃんが途中で帰ってきてくれなかったらヤバかったよ」
麻衣「だってさあ、やっぱり大江くんだけ働かしてると思うと気が引けちゃって」
大江(麻衣ちゃんって、加茂三輪を足したより凶悪な子かと思ったけど、そうでもなかった)
大江(朝から一日タイヘンだったけど、宮田家の人たちイイ人ばかりでよかったよ……)
店主「大江くん、おなか減ったろう。まかないを食べていきなよ」
大江「えっ、いいんですか! よろこんでいただきます」
麻衣「じゃあ、ちゃちゃっと後片付けしちゃお! 大江くん、のれんをしまってくれる?」
ゆかりは、のれんをおろすと、それをポカンとながめた。
大江「麻衣ちゃん……これなんて書いてあるの? き・なんたら・む゛?」
麻衣「ああ、のれんに書いてある字? ぷっ、くすくす……まあ帰国子女にはむずかしいか」
大江「草書なのかな。勢いがあって達筆だということはわかるけど」
麻衣「それはね……くすくす、ねえお父さん、これ何て読むんだっけ?」
店主「それはな「桃李言わざれども下おのずから蹊を成す」と云って司馬遷の言葉だ。ぷぷ……」
麻衣「意味はね、イイ人のもとには、おのずと人が集まってくるというか……うふ」
大江「へえ……この宮田そばにピッタリの言葉ですねぇ」
父娘「うわっはっはっは!」
大江「ボク決めました。これを書の甲子園に出すことにします」
麻衣「ひーひー……もうやめて……笑い過ぎて死にそう……」
大江「?」
店主「さあ、南蛮そばができあがったぞ。さめないうちに二人ともおあがんなさい」
二人「わーい、いただきまーす」
バイト二日目編・完 ほのぼのとめはね……
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